ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/修道士による日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

生活がつまらなすぎるんだけど。

いや、合計二ヶ月ぐらいどっぷりやってたんだよね。それが終わった今は虚しさしかないですねっていうか逆にどうやって生活してたのかが思い出せないぐらいなんだよな。やってるときってのは常にそれが頭にあってそれがある中でお笑い見たり映画見たりゲームやったり本読んだりってのがあるけどようはそれが無くなるってのは主軸みたいなのが無くなるってことなんだよね。というか主軸はなんだったのか?って感じになってるわ。思い返してみれば去年の夏ぐらいに居合いにハマり出して、んでそっから武士道とか日本の歴史とか武術の歴史にハマっていって、んでその後にその流れでスナイパーとか軍事関係のことに関してハマり倒してんで三月に現代音楽っつー流れがあったわけだよね。で、今はそれもがひと段落して落ち着いちゃってる感じだよね。基本的に何かにハマってないと鬱になるよね。俺。そういう意味で今は本当にヤヴァい感じですよね。なんかだからあれなんだよな、別にフィードバックってことでもないんだよね。やったことに関して認証が欲しいとかそういうのは無くてやってる時のハマってる感じが好きでたまらないんだよね。でもそれを維持し続けるってのは難しいよねっていうかまぁ大体まぁひと段落ついちゃうじゃん?居合いもとりあえず色々やったしマスターしたわけじゃないけどやりたかったことは見事にやれましたよね。軍事関係に関しても色々と読んだしハマり尽くした感じだよね。終わっちゃったのか?っていうとそうではないんだけどさ、ひと段落ついてんのよ。やっぱ。


思えば数学とか物理もそうなんだよな。語弊があるけど大体分かるようになった後の冷めた感じだよね。全部に共通してるのはイッた後みたいな感じってことだよね。ハマってるときがオーガズム状態なわけよ。で、それが終わるとイッた後みたいな感じになっちゃうんだよね。まぁホント、こういうのって下手するとドラッグ中毒とかになるよね。あとアル中とか。基本的に刺激ジャンキーなやつってみんなそういう危うさを抱えてるわけだよね。まぁでもドラッグも同じだからねぇー。やってるときは最高だけど終わるとまぁ大抵気分悪いわけじゃん?ずーっとやってるってわけにはいかないっていうさ、まぁそういうもんだよね。


あーヤバいぞ。マジで。っつーか時間があってなおかつハマれる人の弱点だろうね。これは。普通の人が何年もかけてやるようなことを一瞬でできちゃうわけじゃん?まぁあと好きなことをやるのが上手いってのがあるから余計に早いんだよね。いや、こんな歳にしてやりたいことやり尽くしたって何なの?って話じゃん?マジでやりたいことなくなっちゃったよ。いや、せめて海外行ってないから海外行ってみたい!とかあればいいんだけど無いじゃん?まぁニューヨークに居たっつーのもこのやり尽くした感にすげー貢献してるわけだよね。どこいっても同じなんだなっていう絶望感ね。それはニューヨークとか日本がつまらないってことじゃなくて俺自身がつまらないんだよね。それはどこに行こうが変わらないわけだ。まぁーでも別にあっちに居た頃もしょっちゅうこんな感じになってはいたんだけどねぇー。なんかさーまぁね、色んな人と接したとかって良い経験ではあるんだけどなんかやり尽くすとつまらないよね。マジで。まぁそれで言えばニューヨークで何かをやりながら面白い人と出会うってのが一番って気もするけどそれってまぁ外部に求めすぎだよね。自分がつまらないっつーんで面白い人に会えばいいのか?ってまぁそれは重要な要素の一つなんであってそれで解決じゃないじゃん?


なんかこれって多分、定年するぐらいの爺が感じることなんだよね。それをもう感じてしまってる。まぁ人生セミリタイアしてるようなもんだけど老後というには老後が長すぎて何をしていけばいいのか分からないじゃないっすか?もうあれかな、株とかはじめるしかないのかな(笑)ゲーム感覚でやりつつ常に学習と金稼ぎっていう生活に必要なものの両立が出来るっていうさ、でもまぁーやり始めたらやめられないし辞めるときって失敗したときなわけだから嫌だねー。株をチェックするっつーのが生活の中に組み込まれるというのはウザ過ぎるよな。あまりにも。そもそも気分障害があるわけでそんなやつが株やったら相当ヤバいだろうとは思うんだよね。でもマジでやることないんだもんなぁー。一喜一憂っつっても内容が金とか株とかだと寒すぎるじゃないっすか?もう人生滑ってる感じになるよね。それって。そういう意味でお金のことで一喜一憂するって究極のルーザーなんだよね。まぁそいつが幸せならそれでいいんだけども。んでも俺は金のことで一喜一憂できるほど金に興味があるわけじゃないから無理だよね。どうせ楽しいのは最初だけだと思うんだよね。まぁそれいい出したらなんでもそうなんだけど。


まぁ別に実際に手を出さなくても数学の延長みたいな感じで色々と読んでみるってのはあると思うんだけどね。んでも結局はなんかさ、経済学もそうだけど学問ではないじゃん?だから興味がなくなりそうな気がするんだよね。その反面、純粋数学と違って具体的に世の中で起こってる現象みたいなのを理論的に理解するってことが出来るようにもなるよね。純粋数学はフィードバックが無いからね。あといつも書くように理論のまた理論のまたメタ理論のまたメタ理論の・・・みたいなのを永遠とやってるやつって怪しいんだよね。それは理論物理学然りなんだけどこれってなんかの前提がなくなっちゃったり自明じゃなかったら全然成り立たないってことだよなぁーってクソ冷めるんだよね。で、大体のことはトリビアルなもののまたトリビアルなもの・・・みたいなのの繰り返しで飽きるんだよね。まぁ色々とやって大局的なものを掴むっつーのはできるんだけどなんかさ、それも変な時代遅れのテキストとか読むよりかは10年後とかに色々と研究が進んだ上で分かりやすくなったすっきりとした理論書とかを読んだほうがいいんじゃない?とかって思うわけねって最高の怠惰なんだけどさ(笑)まぁでも数学って時代遅れなのが多いんだよねっていうか物理もそうだけど理論が古いのが多すぎるんだよね。んじゃあ俺が書き換えればいいじゃん!って話なんだけどやっぱまぁできることとできないことってありますよね(笑)そういう野心はいいけどさ、でも「俺が書き換えるのだ!」ってことじゃなくて誰かが書き換えたのを読みたいって感じなんだよね。怠惰でしょ?(笑)なんか古いフレームワークのごちゃごちゃした理論とか枠組みのことに労力を割くってのが馬鹿馬鹿しくなっちゃってるんだよね。


いや、ようは良い意味で先が見えてるのよ。今はこんなクソみたいな計算法とか理論しかないけど何十年かすればこういうのは高校生ぐらいなら誰でも理解できるようなパラダイムになってるんだろうなって思うことが多いのよ。まぁあれだよね、ジョンケージとかがコンピューターにプログラミングするのにわざわざコンピューターがある大学まで通ってさ、午前中にプログラムを入れにいって、んで午後に出力されたのを取りに行くみたいなさ、そういうアナログの労力なんだよね。それが凄く無駄に思えるんだよね。まぁもちろんジョンケージ然りなんだけどそれを当時やる人というのは必要だったけど何も俺がやらんでもええやんかって話なんだよね。そういう面倒なことは時間が解決してくれるから色々と便利になるまで待つわって感じなんだよね。だからまぁすげー頭良い人たちが必死こいて色々やった結果、分かったことってのを明快に解説してるような専門書で読みたいって感じなんだよね。完全に消費者ですけどね(笑)でもまぁ自分が最前線で必死こいて色々やる側の人間じゃないんだなってのは分かるわけじゃないですか?でも興味がなくなったか?といえばそんなことはなくて好きなんだよね。んでもまぁ綺麗な結果とかある程度まとまったものを楽に読みたいっていう怠惰さがあるわけでさ、分かりづらい段階のものを必死に読む!みたいな作業は嫌なんだよね。いや、カントとかの原書を頑張って読むよりもすんげー分かりやすく解説してる専門書読んだほうがいいじゃん?哲学なんて大抵原書は分かりづらいしさ、それでもまぁ原書を頑張って読むことの大切さみたいなのを説く人もいるんだけどそれって精神主義なんだよね。体育会系の努力して肉体を鍛えろ!的な感じね。まぁでもさ、それって肉体を鍛えて難解な哲学と格闘する人間と格闘した人間が噛み砕いたものを優しく理解したいっつー人間とって感じでまぁ同じ「理解したい」にしても次元が違う人ってのがいるわけじゃん?どっちが良いとかではなくてね。貴賎はないですよ。それは。


あとなんかね、俺は格闘する側の人間だ!って激しく思い込んでいたんだけど別にそんなことはないよなーって気がついたわけなんだよね。っつーかそれってそもそもそうやって格闘している自分の状態が好きでそれをやるんじゃないか?ってことなわけよ。ようは最初のオーガズムの話になるんだけどね。で、まぁそれって時間がかかるし大変なことじゃん?だから日々打ち込めることとしてはピッタリなんだけどさ、んでもまぁ今みたいに若干冷めてる面も出てくると「いや、要約してくれ・・・」ってことにもなったりするんだよね(笑)あとはまぁ熟読しないでサラサラッって読んで大枠を掴むってことになると大抵の本を読み終えちゃうわけだ。格闘しながら読まなければいけない!と思ってた数学書をサラサラと読んでしまったら大体読み終わっちゃったってことなんだよね。じゃあ次はディティールだろう!ってことで精読するサイクルに入ったんじゃんかって思うんだけど冷めてるんだよね。大体読んだから(笑)いや、だからこそ言えるんだよね。同じようなことの繰り返しばっかで飽きるってことになるわけだ。んだから一気に全然違うジャンルの株とかをやろうって思ったりするわけよ。んでもまぁ金融入門とかで読んだようにさ、数学的にはすげーつまらないんだよね。まぁそこをあれなんだよな、数学的な刺激を受けるんじゃなくて現実をこういう数学的モデルとして表現できるんですよ!ってところに感動すればいいんじゃないかな?って思えてきたんだよね。そうじゃないとやることないじゃん?いや、だから考え方を変えないといけないなーと本当に思ってるんだよね。


株とか金って本当にくだらないことだと思うけどそれをなんかまぁある種の仏教的な悟りみたいなのでそう思うっていうよりかはバリバリに理論的に理解した上で「そういうわけでくだらないんです」って思えるのとではさ、どうせくだらないっていう帰結にしてもくだらなさが違うじゃん?今感覚的に思ってるくだらなさと内容を知った上でのくだらなさって違うからね。っつってもまぁ今くだらないって思えるのはまぁ若干かじってるからそう思えるわけだけどさ、そういうこと言い出すともうやることマジで無いんだよね。世の中の大抵のことがつまらないってことになるしまぁそれは事実なんだけどそうじゃなくてパースペクティブを変えて同じつまらないことでもまた別な見方をすれば同じつまらなさも変わるかもしれないなとは思うんだよね。でもまぁーなぁー、お金関係の理論ってつまんないからなぁー。経済学もつまらなさ過ぎて挫折したからねっつってもまぁやっぱなんだかんだで知ってたほうがいいのは事実なんだけどね。まぁーでもあれかな、逆になんかまぁあえてお金のことを研究してみるってのもいいかもなぁーとは思うんだよね。どの道、実学だし役に立たないことはないだろうってことなわけで。っつーかまぁあれなんだよね、金について研究して金を稼ぐとかってことじゃなくてなんで経済は駄目になるのか?っていうそこだよね。興味は。まぁあれだね、タレブとかマンデルブロの本とかで若干読んでたことをもうちょっと調べてみるって感じだよね。


なんつーのかな?なんでアカデミックに金融工学とか経済学として考えられていることと現実のことに乖離があるのか?ってことだよね。それを凄く具体的に数学的に知りたいんだよね。で、多分だけどなんとなく分かってるのはあれだよね、数値化できないようなことも無理やりモデルにするために何かに収めちゃってそれで理論が成立したかのようにでっち上げてんであたかもそれを科学理論のように扱うんでそんな不完全な科学理論じゃ自然現象を記述できるわけがなくて常に相違だらけになっちゃうってことなんだと思うんですよね。だから多分あれだよね、株について書いてあることの本なんて大半が嘘だと思うんだよね。実際はすげー複合的でめちゃめちゃ複雑なことが起きているのにも関わらず株って基本的に負ける人によって成り立ってるみたいなところもあるから基本的に株とかを薦める啓蒙書とかって永遠と生産し続けられるよね。なんかそういう欺瞞っつーかなんでこんな適当なことが永遠と放置されているのか?ってことだよね。それが気になる。なんとなく分かるけどまぁもうちょっと調べてみたいなという気にはなっていて・・・ってことだよね。まぁだから全然株をやるってことではないんだよね。マンデルブロの続きをやるみたいな感じですわ。


んでもそんなに熱狂してるわけじゃないんで色々と読んですぐ終わりそうな感じなんだけどね。まぁでも株とかって理論だけじゃなくてようは心理学的な面も多いわけじゃん?むしろ心理学的なものに影響を受けて経済の流れが変わるのか!ってぐらいなんつーか実際の金のダイナミズムって面白いよね。まぁそういう意味だといろんな物の複合体だよね。そういうのの媒介をするのが金って感じだよね。


あーなんか書いててそこまで興味があるわけじゃないなーって思ったわ。まぁでもとりあえず本買ったんで読もう。ってことでんじゃまた。

にほんブログ村 本ブログ 読書備忘録へ
にほんブログ村 音楽ブログ 音楽のある暮らしへ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ