ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/修道士による日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

ガブを呑気だなどとディスったのを後悔してるわ。

ガブを呑気だなどとディスったのを後悔してるわ。NHKのやつちゃんと見たんだけど哲学者としての矜持と気概がある人で魂で哲学をやってる人なんだなってのがすげー分かったんで安心したっつーとアレだけどまぁソフィストって書いたけどちゃんとしたフィロソファーですね。

 

https://www.youtube.com/watch?v=H9J19m4ey8g

 

 

ただまぁそれ以外ではないというところがまぁ結局、俺が呑気だって感じちゃったのも動画貼るけど動画で言ってる事ってまぁ21世紀の哲学総決算みたいな感じでぶっちゃけまぁ意識高い系というか意識高い人だったら行きつくアポリアというと大げさだけど困難ってのがあるわけだよね。ただまぁそこで何を言ったところでどうしようもないというかどうにもならねーよなっていうシニシズムとかまぁそれ言い出すとニヒリズムについてまぁ今は神学的なアプローチで調べたりしてるとまぁ歴史長いよね。

 

まぁそこでガブみたいなでもそれが人間なんです!的なことを言っても始まらないというかそれは確かにヒューマニズムって意味ではその通りなんだけどぶっちゃけ自明なんだよね。それが自明な上で例えば民主主義とか人間の尊厳とか人間って何なのよ?っていうところが揺らいでいるというか危なくなってるんだよね。

 

ただまぁ民主主義はオワコンってのはもうぶっちゃけ30年とかもっと長い意味での帰結だしまぁもちろんそこでヒューマニズム的に民主主義は死守せねばならない!っていう人は必要かもしれないしまぁそれがガブのような人なんだろうなとは思うんだけど大半の考えている人が思うのはそれが人間の尊厳なんです!的なプリミティブでナイーヴなことを言ってもダメでといってもそれを放棄するのか?っていうとそりゃとんでもないんだけどただナイーヴなよくあるヒューマニスト的な論理を掲げたところでそれありきで色々ダメになっているっていうところの次のステップなんだよね。

 

まぁそれが次のステップになってもう20年ぐらい経つんじゃないかな。まぁ別にガブをディスってもしょうがないからまぁなんつーか典型的なヒューマニストタイプの議論ってまぁ例えば動画でガブとかも言ってるけどまぁ絶対人には伝えようと思えば伝わる!みたいな信念があるよね。まぁただそれもヒューマニズムっつーイデオロギーなわけでプロフェッサータイプの人間が陥りやすい理念の世界だよね。

 

こういうのを聞いちゃうとあーエリートでどうしようもないクズとかに会ったり会うだけならともかく被害を被ったりしてないんだろうなって別に苦労をしていないという意味ではないんだけど人間の底辺を見ないというかガチで知らないのってまぁチョムスキーとかもそうだけどインテリに多いよね。んでなぜかどういうわけなのかピープルに異様な希望を抱いているっていうかそこは譲れない!というところなのか実際はそうじゃないんだけどそこ譲ったら終わりだから俺は言い続けるぞ!っていうようなアンガージュマン的なことなのか分からんけど例えばまぁサイコパスっているじゃん?

 

んでまぁ残念ながら治らないんだよね。まぁ普段からキチガイより怖いのは普段は普通に振る舞っているサイコパスとかリアルキチガイっていうところなんだけどサイコパスには話が通じないということじゃなくて例えばヒューマニズム的な理念の元に立った素晴らしい演説なりスピーチを場に合わせて感動するとかみんな拍手をしているから自分も感動しているふりをするとかってできるわけだよね。でも内面的に全く分かってないとかだったら人を殺せば済むじゃないかみたいなとんでもないことをリアルに考えてたりするんだよね。

 

理詰めなり対話を重ねることで言葉が届く人なんて半分もいないよね。残りの半分がサイコパスかは別なんだけどまず知能の問題でその理念が理解できないっていう意味で伝わらない人もいればなんかに洗脳されてて教祖以外の話を聞かないとか例を挙げればきりがないけど言葉は伝わるんだ!ってまぁただの実存だからね。こないだ書いた客観的な真実というよりかはこう信じたい!っていう自分はこうありたいんだ!っていうところに立脚した価値観なんだよね。まぁそれが信仰という形を取るのかまぁ変な話、逆説的にナイーヴなヒューマニズムってのもそれが普遍的で絶対的に正しいと思う時点でもうそれってある種の宗教なんだよね。まぁイデオロギーだよね。

 

でもじゃあ国民すべてをなんかのスキャンにかけてヤバそうなやつは隔離するみたいなことをしていいのか?っつーと人権とか近代的な概念で言えば良いわけないだろう!人間の尊厳にかかることだぞ!ってことになるんだけどでも仮に思考実験的にそのヤバそうなやつが1年後に無実な人を連続殺傷するってことがマイノリティリポートじゃないけどまぁそういうのが分かったとするじゃん?そしたらまぁ逆に普通はそいつを隔離せよ!ってことになるよね。

 

そのビジョンが完全に国民にシェアされて合意を取ったら隔離せよ!とか殺せ!とかになるよね。でもまぁこれって民主主義ってことだよね。スキャンにかけろ!っていうのは全体主義的なコントロールする側の論理だろって思えるんだけど仮にそこで連続殺傷をするやつの未来が分かるってことになるとむしろスキャンにかけろ!になるんだよね。ようはなんつーかコンディションが変わるだけで民主主義的とか人間の尊厳っていう意味での権利とかっていうのが一気にはく奪されてもかまわないというかそりゃ人命に変えられんだろうっていう当たり前のことになるよね。

 

まぁこの辺は一昔に流行ったサンデルとかのもしもシリーズみたいな話なんだけど哲学ってまぁそういうヤバいことをディグるっていうことだと思うんだよね。ロックスターになれるような理念的にはメディア映えするようなことを言ったりこれが人間の尊厳なんです!なんつってみんな感動する!というようなものではなくて強烈で直感とか一見倫理に反しているようで実はそれって言えてるんじゃない?っていうただそれを認めるのは怖すぎる!っていうようなダークゾーンに果敢に突っ込んでいくみたいなところだと思うんだよね。

 

だからまぁ社会的に言うと完全に干されるっていうかまず大学教授とかやってられないっていうまぁ本当にヤバいものだと思うんだよね。結局まぁその大学的な哲学の限界ってここだよね。ポリティカルコレクトネスとかまぁそもそもちゃんとした大学で教えてる教授なら最低限押さえなきゃいけないポイントってのを暗黙に了解させられるんだよね。だから結果的に真にラディカルな考えが出来ないし禁止されてるようなもんなんだよね。もうそれはヤバい話ですよねっつって笑って済まされるようなことだったりするんだけど実はそれはすげー本質的なことだったりするんだよね。

 

なんか久々にすんげーまともな(笑)真面目な哲学っぽい話してるなとかって今思ったんだけどまぁ久々に外出たっつーのもあるんだろうね。ただまぁ昼飯食べないであとメガネがだいぶ前のやつを久々にかけたから度がアレだったのかガラガラの行きの電車で本を読んでたんだけど猛烈に気持ち悪くなってさ、電車酔いなんだか空腹すぎて気持ち悪いのかただ普段体動かさないからフィジカルな部分でのエネルギーの消費っていう自明なことに気がつかなくなるんだよね。

 

まぁそういうどうでもいい話はいいか。ただまぁ特にあといきなり熱くなってて春は一体どこに行ったんだ?っていう冬から一気にもう夏なんですねってことになるとジャケットとかが秋ぐらいにしか活躍しなくなりますよねとか思いつつまぁなんかあれだね、吐き気が来ると頭痛も来るから色々アレだよね。まぁ熱さだと思うんだけどね。滅多に外出ないけど必ず隠者みたいにならないように渋谷とか原宿に行って洋服を買うってのはまぁ自分にとっての社会活動なんですよね。それ無くなったらもう隠者だものね。

 

んでまぁ気持ち悪かったし暑かったし倒れそうだったけどやっぱりまぁ楽しくて脳が活性化するのを感じるんだよね。まぁ何が言いたいのか?っていうとだから今こうやって書いてるのもまぁそういう刺激があったから脳が活性化したんだろうっていうかまぁ逆に毎日外に出ずに本だけ読んでるっつーのもいや、こないだ先生に言われたことじゃないけどまぁそりゃ調子悪くなって然るべきだよねって思いつつそんぐらいのattitudeでやってないと終わらないっつーかスタート地点にすら立てないわけなんだよね。

 

まぁそれはいいや。んで何の話だったっけ?あ、その本質的なことね。んでまぁだからガブが言うのって21世紀の哲学の総決算っつーまぁそうだったけどもうそういうのって今はダメで次の理論ってわけじゃないけどもうそういうのって理屈ではそうなんだけど通用しないっていうかdoesn't workっていう感じなんだよねっていう実感があるわけじゃん?そこでやっぱり色々な問題はあるにしてもやっぱり根本的な人間像っていうのがナイーヴ過ぎるってのは特に左翼とかが昔からそうなんだけどまぁ俺がいつも書くことだけどさ、マルクス青年だった俺はプロレタリア独裁をマジで信奉してたんだけど当時俺みたいなやつがバイトできる場所なんて底辺しかなかったら今はもう無い底辺ばっかが来るようなスーパーで働いてたんだけど言い方悪いけど客とかも質が悪いし働いてるやつも本当にレベルが低いやつらばっかでこんなやつらに独裁されたら国はめちゃめちゃになるだろうっていういかにマルクスっつーか左翼が現場見てないかっていうことなんだよね。

 

 

プロレタリア独裁なんつーのを今時信奉してるやつがいるかどうかはともかく底辺の人間に会えばこいつらもう完全に終わってるよっていう底辺ながらも良い人とか頭悪いけど優しい人とかそういう美談ならいいけど頭悪くてガラ悪くてしかも性根が腐ってて弱い立場の人をいじめたりしてたまに上層部っつーか本部から本部長的な人が見回りに来るとヘコヘコしてるみたいな、なんかそれこそガブみたいなエリートだったら一生出会ったりすることがないだろうなっていう人間を腐るほど見てきて実際にいじめられもしてたりした身からすると全ての人に言葉は届く!なんつーことを聞くと虫唾が走るんだよね。

 

走馬燈のように今まで出会ってきたクズの顔を思い出すと例えばあいつがガブの今の100点満点のヒューマニズム的な哲学の話を理解するんだろうか?ってまだそれが知能の問題だったらまだいいぜ?頭おかしいやつはもう同じ人間のようで全く別だからね。こんなことをしたら人間の倫理どころかもう人間ってこと自体がもう揺らいじまうぜ!っていうようなのを例えば連続殺人をするようなあからさまなやつに限らず身近にそういうのがいたりするわけじゃん?

 

いや、今は俺のリアルにはいないですよ。もちろん。そういう環境になったということをもう本当に神に感謝する日々ですけどね、まぁそれは別として理不尽にそういうクズみたいなやつらにいじめられて捨てられるみたいなそういう人たちもいっぱいいるわけでしょ?日本の暗部ってのはガブが言うような究極の効率性が故の人々がそれを維持するためにロボットみたいになるしかないみたいなことじゃなくてっつーか究極の効率性云々って話が古いよね。

 

19世紀とかの社会学の焼き増しだよね。そういう一般論じゃなくてまぁ別にガブが日本に詳しいわけじゃないからそこを言ってもしょうがないんだけど暗部って違うじゃないですか?すんげージメッとしたリアルに生きてないと分からない陰湿ないじめとか足の引っ張り合いとか村社会的なマインドとかね、まぁそういうところはだいぶ若い世代をはじめとして変わってきているしそういう意味でまぁネットカルチャーってガブは悪い面は確かに誤った考えとか信念みたいなのがどんどん無駄に広がっていくっていうところでもあるんだけどただまぁ是非はともかくとして「今の俺のいる会社超絶ブラックなんだか・・・」みたいなスレが立ってそんなクソブラック企業やめちまえ!とか弁護士に相談すれば金取れる案件だぞ?みたいなやり取りがあったりとかまぁあと社畜であることを誇りとするようなやつなんて本当にクソだよなっていうような価値観もコモンセンス化してるよね。

 

まぁそのネットの世界でって意味でね。まぁそんなことを言えるのは社畜じゃない人間でそれってニートか無職のやつの書き込みなんじゃね?っつっても関係ないですよね。別にガブみたいなエリート哲学者のみが真理を語るわけではなくてニートが真理を突いてたりすることを言ったりもするわけでしょ。結局そういう言説とかの多元的な偶発性ってのは教養とか哲学的な自己磨きっていうかまぁ魂の涵養から来る貴いものみたいなものばかりではなくて学とか関係なく何のバックグラウンドも学歴がなくても例えばただ感じたことを例えばクソみたいな会社で経験したことを書き連ねてこういうところに病理があるなって思ったみたいなブログのエントリーがあったとしてそれが別にバズってなくてもすんげー真理を表してたりするんだよね。

 

これって啓蒙っつー直感からは程遠いものだよね。それこそヘーゲル的な知を積み重ねることで絶対精神に至ることができる!みたいなただまぁ今の時代の真理ってそんな一枚岩じゃないんだよねっていうことなんだよね。でもまぁガブはある種典型的な学校の哲学者でそういう古いパラダイムで哲学をやり続けてるんだよね。でももう哲学って現場よね。マジで。アップダウンみたいなこういう思想があればサバイブできる!みたいなのがあるわけじゃなくてもう人々が生きていく中で気づいたこととか別に気づかせるために言ったり書いたわけじゃないんだけどそういうところに小さな真理の一端があったりもするっていうことだったりするわけだよね。

 

集合知的な話に近いかもしれないけどまぁそれもあるけどまぁもっとadhocなことだよね。それこそディグらないと分からないみたいな、例えば町工場とかのおっさんのブログとかの一節に社会に関する鋭い一節とかが紛れ込んでる場合もあるんだけど人気ブログとかならともかく誰が町工場のおっさんのブログを読むのか?って話でまぁそれ言い出すとアクセス数がグーグルのアルゴリズムの進化もあって年々減少しているウォール伝にも言えることなんだけど(笑)

 

まぁリアルな絶望ってそこなんだよねっつーのはそういう21世紀の哲学総決算!みたいなことを言っててもこの今の現実に対しては何にも通用しないっていうことだよね。あとまぁプロの学者でも在野で研究し続けている人にしても恐らくガブが言うようなナイーヴなヒューマニズムってのは今さらこんなこと言ってるのか?って呆れちゃう感じだと思うんだよね。そういうのがダメでどうするのか?っていうのが今の時代なわけでガブにそういう時代性を感じないのはやっぱりエリートが本だけ読んで頭が良い人たちにだけ講義をしてたりするからこそまぁそれはインテリ全般そうなんだけどチョムスキーとかもまぁ民主主義は絶対!って言うけど今の時代じゃ全然自明じゃないからね。

 

だからどうすんの?って話なんだよね。まぁそこで俺が後付けになるけどまぁキリスト教に目覚めたのは本当に偶然っていうかまぁそれを召命と考えるとひたすら神に感謝したくなるんだけど結局普遍性って宗教しか与えられないと思うんだよね。理詰めのはガブのヒューマニズムにしても民主主義絶対論にしても論理的な論破は凄く容易でそれこそ昔から民主主義のダメな部分なんて言いつくされているしそれこそ逆説的にガブが動画で言ってたようなトランプみたいな人間的っつーかまぁ分かりやすいヒトラーみたいな悪と構造的悪があるってことなんだけどヒューマニストが信じるこうあらねばならぬのだ!的なところから必然的に使うことになるシステムなり構造なりに欠陥があるどころかそこに悪があるっていうことでもあるよね。

 

まぁガブは碩学だろうしすんげー頭いいからそりゃ知ってると思うんだけどヒトラーなんてめっちゃ大衆の支持があったわけだからね。国民を脅して独裁をしていたなんてのは大間違いでむしろアウトバーンぐらいしか知らないけどあいつなかなかやるじゃないか!っていうような社会的な政策をしたりっていう実績もあって支持されてたっていうそれが民主的なものであったっつーところがもうヤバいわけじゃん?なんか長くなりそうっつーかもっと書きたいんだけど久々に外出して疲れたっつーか暑さが本当にダメでやっと頭痛が収まってきたんだけどまぁとりあえずもうお薬飲んで寝るって感じになってるっつーかさっき飲んでからだいぶ経つんだけど眠くならねーなとか思いつついつも俺のピークはこの寝る前なんだよね(笑)

 

この寝る前ぐらいの読書とか知識に対する切実な取り組みってのを寝起きからできればスーパー聖人になるだろうって思うんだけどまぁそれは方法論とかは模索しつつとりあず神学関係をディグり続ける感じなんだけどまだ眠くならないから続き書くんだけどそういうまぁね、ヒューマニズム的には絶対的に正しいとされていたことが揺らいでるわけだよね。あとまぁ反例といっていいのか分からないけどこういうのって所謂ヒューマニズム派みたいな先生方が言うことそのものから生まれた悪じゃないんですか?とかね、あとゴメン一気に話が飛ぶけどアーレントアイヒマンに関することで言ってたような悪の凡庸さだよね。

 

神父が子供をレイプしたっつーんでそれが公になったらヤバいから隠滅せよっていうことを命令通り隠滅した子供をレイプした神父ではなくてその神父が在籍している区間っつーかまぁセクターの親分みたいなやつだよね。まぁそれがバチカンからの命令で当たり前のように当然のことのように隠滅をしたんだけどinterrogationされてるところでも本当にアイヒマン的な命令があったからやったのですっていうようなあ、まぁあれはやってないっていう嘘をつくってことなんだけどまぁ仮にやったとしてもそれはバチカンからの命令で絶対だとか教会というキリストの体と言えるような物自体にそんなスキャンダルがあったらカトリック自体がオワコンになってしまう!っていうようなまぁ当者としてはそりゃそう考えるだろうけど一般的な倫理として考えたときにどうなのよ?って常軌を逸してますよね。聖職者が特に孤立している家族にもあまり身寄りが無いっつーか邪険に扱われてて場所はもう教会しかないみたいなところで神の代理人である神父にレイプされるとかまぁ世も末だとかまぁなんか世も末的なありがちな言葉が酷さを表すのに足りなさ過ぎるぐらいの身体的レイプと精神的レイプだよね。

 

んでまぁ後にレイプされた子はそれがトラウマで自殺したとかアル中になったりヤク中になって死んだとかまぁ本当にただの殺人ですよね。あ、んで何が言いたいのか?っていうとね、そういう凡庸な命令されたからやったとかこれが正しいとされるからオーダーに従ったまでだみたいなことってのがまさにガブが言うような構造的なものが悪を生み出す契機ってことなんだよね。で、それってのは民主主義もそうだししつこいようだけどヒューマニスト系の人たちが言うこうあらねばならぬのだ!っていうところにも存在しちゃうわけなんだよね。まぁそれは理念的には正しいけどさっきも書いたけどワークしませんよとかワークしないどころか凡庸な悪の契機になっちゃってますよとかっていうような椅子から転げ落ちるようなことが腐るほどあるわけじゃん?

 

まぁなんかすんげージメーッとした誰も話したくないようなことだよね。でもそういうところをっていうか目をそむけたくなるようなところをそれこそタブーとかも無視して取り組むってのが現代の哲学だと思うんだよね。逆にまぁ社会に哲学の場があるとするならそこしかないよね。だからまぁガブが言うような理想論ってのは何にもならないよね。ただまぁロックスターとか言われて本とかが出たりメディアに出ることで関心を持つ人が増えるっていうようなことについてはいいよね。

 

あとまぁ留保付きだけど古臭いヒューマニズム的な哲学っていう意味では何も間違えたことは行ってないからね。うんうん!そうだよね!って感じなんだけど問題はもう全然そういう段階の先にあるんですよねっていうところなわけでね。まぁっつーかもう寝るけどあれですよ、合意なんて無理だしそれが100%正しいことでも理解しない人と反発する人がいるから仮にそれが掛け値なしに正しいことなら合意のプロセスなんて無視して国家として国民にとって正しいことをやらなきゃいけないんだよね。まぁ諸説あるけどちゃんと革命マインドを持った一部のネオコンはそういう風に考えてたりするんだなっつーのをネオコンの本を読んでたアメリカにいただいぶ後半の時に思ったんだけどそこってぶつかるのよね。国家は国益と国民のためにマキャベリアン的にそうやってるんだけど国家や国民にとって良いことがただそれが強行的だとか合意が得られないとかってことで反発するわけでしょ?

 

なんかまぁこういう合意系の話ってシャンタルムフじゃないけどまぁ一大ジャンルですよね。一般論で語ると大きい話を理念でガブみたいに色々な意味も内包して喋るっていうことは可能なんだけど実際は問題は細分化していてそれこそ各問題ごとに優秀な研究者とか学者が必要なレベルでそれって別に哲学やってるだけじゃどうにもならなくて細分化されている問題に関してのジャンルとして例えば心理学やら組織学やら政治学やらっていう各ジャンルのプロフェッショナルが必要でまぁ哲学者が書く本ってそういう細部は無視して理念だけ語るけど実際は細分化された問題っつーと嫌になるぐらい泥臭い話だらけなんだよね。んでまぁ希望もへったくれもない話ってのがあったりするわけでね。

 

なんかまぁ久々にこういうトピック書いたけどなんかまたあったら書くかもっつーかまぁまだ色々あるけどまた書くわっつーその「また」の時に書く気力があるのか?っていうかやる気モードになってるのか?ってのが問題だったりしてね、まぁその話はいいか。

 

っつーかもう寝るわ。まぁただほんとに神学系の本ってそれこそ説教論みたいなものから聖餐論から読んでみると「おお!」ってなったりすることが多いんだよね。まぁそんな感じで寝るわ。

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