ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/修道士による日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

令和スペシャルその5。

明けましたな!陛下御公務ご苦労様でした!だよね。気持ちはそれに尽きる。

 

というわけで新時代の幕開けですな。まぁなんか平成は自分にとって激動の時代でしたよねーってまぁそりゃ年齢的にもそうなんだけど世間的にも世界的にも色々あったっつーか色々あり過ぎた感じで今後どうなっていくのかな?っつーのはまぁ何かが起こる!的な期待ではなくて普段からの自分のインプットとかの蓄えを上手い事アウトプットしていくっていうところに尽きると思うんだよね。

 

まぁ改めて思い返してみても結局まぁインプットの所産ですわな。今やれることとかできることとかできるようになったことってのは当然何らかのコミットとか取り組みの結果なんであってそれが結局、デフォでは持たざる者ってのが色々と持つようになるっていうことだよね。

 

なんかまぁある意味での幸福というか内面的なものの充足への渇望だよね。歳取ると記憶力がどうのとか頭がどうのっていうけどまぁ本当にそれって俗説なんだなとかまぁあと長年の望まない強制労働とかに従事させられてたら頭やられるだろうけど常に頭を使うっていうかまぁ使うことの快感を見出すっつーような生き方をしてるとまぁ結局いつも書くけど筋肉と同じで衰えないですよね。

 

まぁそれどころか普段はまぁ色んなことに慣れたりしてつまらないと感じることが多くなるっていうことでもあるんだけど別の見方をすれば本当に自分にとって重要なこととそうじゃないことってのが明らかになるっていうことでもあると思うんだよね。だからなるべく自分にとって重要なことにウェイトを置いて生きていくっていうことだよね。あんまりエッセンシャルじゃなかったり意味ないなって思うようなことからは遠ざかるってことだよね。

 

なんつーかまぁそういう選別の基盤というかね、まぁこれだなってのが色々やることで見えてくるってことだよね。まぁだからそれってぶっちゃけ二十歳とかそこいらじゃ分からないことだったりするわけでっつってもまぁ大まかなこれだなっていうことは分かったりしてあとはそこからのさらに細分化というかね、ディティールにフォーカスしていくって感じだと思うんだよね。


まぁそんなのもこれだ!ってのを新たに見つけたから言えるんであってその前みたいに悶々としてたらそんな風には思わないわけでまぁ結局コンディション依存ではあるんだけど逆を言えばコンディションさえ整えてしまえばあとはこっちのもの!っていう感じはあるよね。とにかくまぁインプットの機会っつーか方法が多様ですよねっていうそれに尽きるわ。

 

キリスト教っつーテーマがあって色々ディグろうと思ったときにメディア関係の音楽とか文献とか映像とか歴史とかってのを一瞬でインプットできるっていうか一瞬で理解できるというのとはまた違うんだけどまぁようは揃えたりするのが楽だよね。一昔前だったら単純に金がかかり過ぎて無理だったかもしれないのが今はもうなんつーか過去の知的財産みたいなのを使いまくれるもんね。本当にヤバい時代だなって思うんだよね。

 

こういう便利な時代にまた自分が脂が乗り始めたってまぁお腹が太り始めたっていうのも実際あるんだけどまぁそういうちょうどいい時期に抜群の環境が揃ってるってのは本当にチャンスだらけっつー感じだよね。まぁ学者とか哲学者とかの評伝とか自伝とかを読むことが多いからそう感じるんだけどまぁ昔っつーか大昔はマジで大変だからね。何より洋書なんて物価の差で高かったわけだし今みたいに一瞬でググってすぐピンポイントで探すとかってのも無理だったわけだからね。探し回るっつーフィジカルな労力が半端じゃなかったわけでそれに比べてまぁ今の便利さと言ったらヤバいですよね。

 

ただ先にはもっと便利になってるだろうっつっても次の次元っつーと読書とかとりあえず文章と格闘してだんだんと知っていくみたいなプロセスが無くなって直接脳にインプット!みたいなのが可能になるみたいなことだと思うんだけどそんなのだいぶ先だろうしそもそも考えながら格闘しながらインプットするっていうことが無くなったら情報は増えるかもしれないけど思考力はめちゃめちゃ衰えると思うんだよね。ただまぁ格闘しなくてもいい類の使い捨てみたいなタイプの情報のインプットが容易になったりするのはいいよね。もっと本質的なところに労力を使えるってことだからね。

 

なんかまぁ今はあれだわ、まだあったのか!っていうね、哲学に目覚めた時とかまぁそれはニューヨーク時代でその後数学になったんだけどまぁ例えば本とかも昔は今のペースぐらいで買えるような金銭的余裕が無かったから今は一番環境が整ってるんだよね。んでまぁ膨大にある本に囲まれてるとまぁすんげー安心するんだわ。こんなに読む本があってしかも簡単にパラパラ読めるようなタイプの本じゃないから早く処理しよう!とかインプットしよう!じゃなくてもう長期的な取り組みが必然的に必要とされるっていうね、無駄のパワーを秘めている自分にとってはまぁ最高のパワーの使いどころですよね。

 

まぁホント、良かったわ。数学以降まぁマッシュアップとかは一時期勢いあったけど(笑)それ以降はイマイチパッとしなかったからビッグウェーヴが来て良かったなって感じですね。なんかまぁゾンビ映画とかで言うところの食糧だよね。食うものなくて死ぬかもしれない・・・っつって命を張って倉庫とかがある場所に行ってゾンビと戦って倉庫を物色してたら大量の食糧発見!っつーんでこれでしばらくやってけるぞ!っていうそういう感じなんだよね。本に囲まれて生活するっていうことの喜びですよね。んで恐らく数学みたいに難解すぎて限界があるみたいなものでもないからね。思想とかはやっぱり得意だからね。まぁそりゃ数学系も得意だけどまぁ高度になり過ぎるとヤバいからね(笑)

 

まぁあれなんだよね、そりゃ日々の気分変動があって超絶バッドになることもあるんだけどまぁ今みたいに割と持ち直すとっていうか今月の頭っていうかまぁそれは先月か。まぁ結構長く調子悪かったけどなんかやっぱりあれなんだよね、調子よくなる契機になってるのは神学なりキリスト教でそうなんだ!とかそうなのか!みたいな発見があって取り組みの方法とかこうアプローチすればいいんだなとかあとはまぁ自分の好みですよね。読んでてくだらねーなって思うようなのもまだ無知だから頑張って精読しよう!とかって思う必要はなくてまぁ己惚れとは違うんだけどやっぱりまぁそもそもずーっと思想とかはやってきてるから脳はキレキレですよね。

 

だからまぁこんな程度の低いもんに付き合ってらんねーなっていう高慢にもなりかねないけどただやっぱりつまんねー話だなとかどうでもいい話だなっつーのは軽くササーッと目を通して追えちゃえばいいんだよね。まぁもっと深遠なやつとかさ、まぁそれって時代関係ないんですよね。それこそエックハルトとかアキナスじゃないけど中世とかでもまぁーそりゃ深遠なのがあるしそれで言うと思弁イスラム思想っつーのも奥深いからまぁこの辺の宗教関係の思想ってのがたまらなく面白い感じだよね。

 

んでそっからの18世紀ぐらいになってまた聖書研究とかってどんどん進んできてまぁでもそう思うと聖書の長い歴史から考えるとそれこそ史的イエス的なこととか色んな文献的なこととかも現代的にアドバンスドな形で研究が進むようになったのってここ200年ぐらいの話なわけで今って最高よね。その辺からバルトとかまでまぁ読もうと思えばいくらでも読めるわけだもんね。

 

ただまぁ自分にとってはきっかけがバルトでなんかそれってのはキリスト教ってのは知恵遅れがやるようなもんで相当馬鹿げた分野だなって思ってたんだけど佐藤優の獄中記でバルトのことを知ったんだと思うけどまぁそれって相当前だよね。10年以上前の話だわ。まだアメリカにいたことだと思うんだけどね。んでまぁ6年前ぐらいに教会教義学を読もうと思って探したら破格の値段で200ドルぐらいで全部買えてさ、ただまぁ分量に圧倒されることもさることながらその前に日本語でロマ書を読んでおこうとかって思ってジュンク堂かなんかで上下買った気がするんだけどこれまた読んでみてさっぱり分からないんだよね(笑)

 

聖書の知識とか神学の知識がないからさっぱり分からない。そんな感じでまぁ放置になってたバルトなんだけどまぁ去年の12月ですよね。あ、そういえばギターやるかってギターやり始めたのと同じようななんか前触れがあるっていうか夢で見たりとか教会教義学のことが何の脈略もなく浮かんだりするっていうまぁそれを俺は勝手に導きだと思ってるんだけどまぁそれだけじゃないんだけどね。キリスト教に目覚めたのは。他にもそういうことが色々あって決定的になってまぁガチでやるか!ってことになってまぁ今の精神的な危うさは常にありつつも神学を学ぶ喜びにっていうかまぁ結局のところのエロスに向かう真善美に向かうことの快楽だよね。

 

自分の場合、修道士みたいにストイックな感じじゃなくて知識欲に塗れた人間で快楽のために神学やってるわけだからね。それが楽しくてしょうがないからやるっていうことなんだよね。これは世界がオワコンでもというかオワコンだからこそより神学というのは輝くんだよね。キリストが貧しいものは幸いであるって言ってたのは金無いやつは幸せだってことなんじゃなくて内面に貧しさとか虚無っていうかニヒリズム的な虚しさを感じているものはそれが一気に転化する契機が潜在的に備わっているという意味で幸いだっていうことを言ってるんだよね。まぁまさにメンタル的に暗黒期に突入しかけていた去年ってのが実際は幸いだったっていうそれがフラグになっているっていうね。

 

あとまぁ快楽というか趣味で言うとアンティークだよね。キリスト教関係のアンティークを集めたい!っていう欲が凄くてまぁ見てるだけで楽しいんだけどとりあえず家庭祭壇みたいなのが欲しくて探してるんだけどなかなかないんだよねってまぁそりゃないだろう!っていう感じなんだけどあとまぁ前にも散々書いた聖遺物とかっつってもまぁこれって基本カトリックだけどまぁそういうところはいいじゃん?(笑)あとまぁ前にも書いたけどLSDっていう凄くフェイバリットになったアクセサリーのブランドがあるんだけど現代的なクロスもいいんだけどアンティークのクロスもいいっていうか聖職者が首から下げてるデカ過ぎだろう!っていうようなのを下げたりするのは面白いだろうなって思っててまぁ良い感じのクロスを探してるんだけどなかなかないんだよね。フレイヴァー・フレイヴが時計首から下げてる感じでアクセサリ用のクロスじゃないだろうっつーのを下げちゃう感じっていうクリスチャンストリート感覚みたいなね(笑)

 

っていうかもう寝るわ。あのあれなんですよね、読書ノルマがあるわけじゃないんだけど本読みたくてさ、特に寝る前って一番調子いいから読んでおきたいんですよね。

 

まぁそんな感じで令和の幕開けは俺の宗教的な幕開けそのものなんですね。本当に今までの経験とか知識を元に今後もガンガンインプットしていって神の道を究められればなって思いますね。それがもう令和の抱負ですわ。ただまぁ令和っつーとあれだよね、万葉集とかってことになるんだけど保田師匠の本の政治思想的なところとか関心があるところは読んだんだけど万葉集がどうのとかそういうのって全集買った割に全然読んでないから読みたくもあるんだけどこれ以上読みたいリストを増やしたらキリないからまずは当分神学関係とキリスト教関係にフォーカスしていく感じですね。

 

まぁそんな感じで新時代の幕開けと共に眠っているなり燻っているパワーを発揮する時代が来たわけなんでまぁみんなスパークしましょうね。スタートダッシュで疲れる感じじゃなくてサステイナブルなものってことね。なんかでも本当に知への愛もさることながら愛そのものって本当に大事な概念とか感情だよねって改めて思うよね。それ自体が人間の感情というより神聖なものなんだっていう考え方は凄く分かるよね。その肉欲とか下品なものではない愛だよね。

 

ってことでんじゃまた。

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