ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/修道士による日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

トカトントン。その6。

ってことで続きを。

 

あ、んで何が言いたいのか?っつーとまぁ埋没コストじゃないから過去に買ってると何年か越しに再読するとか結果読まなかったものを読む時が来るとかっていう買ったときには読まなかった本になってるんだけどまぁいつか読む時が来るかもしれないわけなんだよね。まぁなんか飯とか酒と違ってそこで無くならないからね。

 

モノとして残るからだからまぁ洋服も相当奇抜なのはともかくオーソドックスでただ結構攻めてる!みたいなのはそこそこ年齢行ってたらちょっとは良いのを着ないとねみたいなのってあると思うんだけどまぁ年に見合った格好っつーかさ、まぁ自分のファッションが年相応かどうかは分からんけどまぁ例えばジャケットとかコートとかあり過ぎてもしょうがないけどまぁでも相当持つよね。何個かあると何回も着て飽きるってことが無くなるから量があればまぁそんだけ色々回せるから劣化もしないしねってまぁなんかエクスキューズばっかな気がするんだけど(笑)

 

ただでもそれとは別にそりゃ本だって例えば本当にガッツリ読みたいのって安くてもキンドルで買おうと思わないよね。最近日本のアマゾンでは扱ってないっていうか扱う気が無い洋書ってのが結構あってデフォでマーケットプレイスのイギリスとかからの発送になったりすることが多いんだけどまぁそれでもそれしかなかったらそれ買うよね。本はさすがにフィジカルに限るよね。まぁその学術書とかはそのボリューミーな雰囲気とかあとまぁビブリオマニアではあるよね。俺は。

 

本自体がたまらなく好きってのはそりゃ昔からそうなんでまぁそれ言い出すと洋服もスニーカーもメガネも大好きなわけですよ。だからまぁ節約だ使い過ぎだとかいってリストリクションを設けたくないんですよ。その一方で儲けたいんですけどね。そりゃリッチになりたいですよ。んで何を買いたいか?ってこないだも書いたけどアンティークですよ。キリスト教関係のね。博物館レベルのを狭い場所でも祭壇作って展開させたいぐらいなんだけどなんかまぁこの辺のバランスってみなさんどうしてるんですかね?ってところはあるよね。

 

節約っつってコスパの良い趣味とか言ってるやつは選択基準がコスパってだけでもう終わってるよね。コスパ云々より好きなことがあって金を使うわけでしょ。まぁ趣味なりなんなりね。でもまぁさ、レコードにしても例えばビートルズのミスプレスのレアなレコードのなんたらが・・・みたいなレコードコレクターの世界とかってまぁ底なしだと思うけど良い趣味ですよね。これぞ趣味!って感じがするでしょう。

 

あ、んで話が超絶的にぶっ飛ぶけど断捨離の話をしたときに断捨離系の本を散々バカにした感があるけど良いことも書いてあって例えばそれはニットのセーターだったかまぁ断捨離系の人は厳選してそれを買ってというよりそれのみを買って「あーこれでどんな風に合わせようかなー」ってのを考えるんだけど買い物中毒まではいかないけどモノを買い過ぎる人はそのセーターもone of themで家にも買ったけど着てないのとかが大量にあってんでまぁこないだ買ったセーターだけどなんかまぁ他のと合わせるのがイマイチだなーなんつってまーいーかーなんつってそのニットはとりあえずパスして別なのでコーデして外出するってことになるんだけどまぁようはその厳選して選んだものを活用するっていうかまぁあれですよ、回りくどいから言いたいことすぐ言うけど今って苦学生だった頃と違って本の乱読ができるからっつってもまぁニューヨークでも大量に買ってはいたけど今はその比じゃないですよね。

 

だからまぁその一冊の重みというかさ、ニューヨークの頃はシュトラウスなんかに心酔してたのもあるけどまぁただですら読みづらいシュトラウスを本当に精読していたなって思うと今の俺は本を好きなだけ買えてるけど急いではい次ーはい次ーって感じで読んでないかな?っていうまぁなんか最近知ったんだけど月に一万冊読むとかいう変な詐欺師みたいなやつが本をパラパラめくっただけで読めててんでそれを二度三度繰り返しますとかってまぁ完全にただのカルトだなって思うんだけど(笑)あんなのができるのはもうすでに知ってる類のしかもレベルの低い本かあとは信者を集めるパフォーマンスですよね。

 

速読は実質的に不可能だなんつーリサーチもあるぐらいでただまぁ速読は違う漢のラップとかに出てくるスキミングって詐欺とかじゃない本のスキミングっていう意味で(笑)その本が読むに値するものなのか?っていう例えばそれが導入部分は丁寧でもやっと中盤まで来たと思ったらくだらない護教論をあーだこーだ述べられるとおめーとは知的レベル違うんだよ!っていうそこまでバカでもないんだけどやっぱり抽象度が高い本とかすべて同意するかはともかくとしてバルトみたいなリジッドなまぁバルトも護教的だけど得られるものが多いっていうまぁなんかスーパーとかで売ってる手羽先とかって見た目だけで身があんまりなかったりするじゃん?でもヴィーガンが抗議しまくってるケンタッキーは身が豊富ですよね。

 

だから三倍近くスーパーの手羽先より高くてもケンタッキー食うでしょ!っていうのがまぁ読書なんよね。速読できるようなのはまぁ早食いができるぐらい身が無い手羽先みたいなもんなんだよね。でもケンタッキーってそこそこ高いから身を残すまいと見た目悪くても身を食べ尽くすでしょう。そこなんよね。読書の肝は。

 

だからまぁそのね、苦学生だった時に食べるケンタッキーはそりゃありがたがって隅から隅まで食べ尽くしてるけど今ってケンタッキーはいくらでも食えるけど苦学生時代ぐらいに身を残すまいとむしゃぶりついてるか?ってことなんだよね。ハングリー精神ですよね。まさに。腹が減ってるから身を残すまいと腹を満たさなければ!っていうので全力で食うでしょ?でもいくらでもケンタッキー食べれたらそんなにむしゃぶるほどまで食わないかもしれないよね。

 

あ、んでリアルで言えばケンタッキーは高いから今でもむしゃぶり食いますよ(笑)ただ本に関して読む本が多いっつーんで一冊一冊読むのが雑になってないかな?っていうのはすんげー自己批判的に見てるんだよね特に最近は。ただそれ考えすぎると例の理解したと言えるのであろうか?病にかかっちゃうんでまぁそこはナチュラルに任せるしかない感じですね。

 

ってことで続きます。ではまた。

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