ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/修道士による日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

やりたいことがあってもつまらないというね。その2。

ってことで続きなんだけどっていうか更新早すぎだろ!って話なんだけど割とかなりどうでもいいことでも書くのがウォール伝の良さだったりすると思うんだけど最近の自分の魂のアセンションっぷりが半端じゃなくて基本インプットを優先し過ぎるがあまり他のこと全般やらなくなってきているっていうね、まぁそれは良くないというか改めて書いてて思ったんだけど良い気晴らしになるんだよね。なんかその深刻な悪の問題とかシリアスなことばっかじゃなくてくだらないというかまさに本来の自分のスケールで思うこととかもやっぱ書いたほうがいいんだよね。ザーメンと一緒で出すとスッキリするしね。

 

ザーメンと言えば前から思ってたけど洋物のAV男優がイク時の声って凄いのがあるよね。「うぁぁぁぁ!!うっうぁぁぁぁぁ!!!」みたいなケンシロウにでもボコられたのか?っていうぐらいの野獣さ加減っていうか今の俺って薬でインポってのもあるんだけど脚とかブーツとかに興奮するからノーマルだと興奮しないというのもあってダブルでインポなんだよね。だから仮に俺があんな野獣の雄たけびのようなオーガズムをむかえるとしたらそれは相当特殊なシチュエーションに限るわけでノーマルセックスでは無理だしまぁ諦めてますよね。

 

なんかでもIQ高い人って性的倒錯者多いらしいからIQ高いからだ!って勝手に思ってればいいんですよそういうのって。あとまぁどうでもいい話と言えばダイエットなんだけど基本まぁ二食に減らして夜は腹減ったらスムージープロテイン飲んであとは炭酸水で空腹を誤魔化すっつーのをやってるんだけど一日中本読んでるとっていうかまぁ割と調子が良いときはずーっと読んでいられるし本以外にマジでやりたいことがないってのもあってまぁ音は作ってますけどね、ただもう結構作りたいやつ作っちゃったから今後どうなるんだろう?とかって思うんだけどまぁマンネリでもいいから作り続けようかなって思うんだけどあれなんですよね、簡単ではない本を読んでるとそりゃ腹が減るっつーより糖分を欲するわけなんだけどそこを我慢するというか脳を拷問するっていうブレイントーチャーっていうかさ、普通の読書術とかだと糖分を摂りましょうってことになるんだけど明らかに糖分足りなくなって脳が欲している!っていうときになってもネイビーシールズ的なマッチョな我慢っていうかさ、そこでのまぁ軍隊的なディシプリンっていうかネイビーシールズの地獄の特訓とか大好きなんだけど(笑)あれの脳バージョンって感じだよね。

 

パフォーマンスが落ちるからちゃんと食べましょう!じゃなくて食べないで20キロ近い荷物を持って山を上るとか相当無茶するじゃない?んでまぁ落第者もいっぱい出るんだけどそこで落第しないっていうことですよね。少々の空腹ぐらいなんともないとかね、レーション的なものしか取ってないのに敵地であんまり寝ないでずーっと張り込みをしてるとかさ、あれってまぁ強靭的な肉体とマインドがあってのものなんだけどそれのマインドバージョンをできないものか?って思ってるんだよね。

 

あーこれは長い本で決して楽しい本でもないから後回しだなーっていうような甘っちょろい考えを捨ててもうとにかくハードコアリーダーになるっていうか神に仕える戦士になるわけだからそこはもうスパルタ方式でやっていく!っていうね、鬱になっても神学書読めば神の恩寵を感じられて良くなるに決まってる!とかって思いこんでひたすら読み続けるっていうまぁぶっちゃけそんぐらいのモチベないと続かないなっていうか分量がヤバいんだよね。

 

まぁ目標はバルトの教会教義学の読破なんだけどまぁ万全の基礎知識を携えて読みたいじゃないですか?大学で言えば学部レベルの神学的知識は身につけた上で大学院ぐらいのレベルになったら読むっていう感じにしてるよね。まぁ俺のペースだと一年半から二年ぐらいでなんとかなりそうだけど何より全くキリスト教関係なんて知らないことだらけだからとにかくもうひたすらインプットしかないな!って思うとインプットにオブセッシヴになるんだよね。こんなスローペースじゃいつまで経っても進まないぞ!っていう焦燥感があってだからまぁインプットに明け暮れるからあんま他のことをやらなくなるっていうね、まぁ学生の身分ではないけど学徒としては理想的だと思うんだけどそこでまぁなんかバランスっていらないんだよね。強靭的というよりかは狂人的であったほうがいいわけだ。

 

それが知識のためというよりかはもうそれこそアンセルムスじゃないけど知解を求めるが故に神の存在がデフォとなるような次元だよね。言葉で書くと簡単だけどそれってすんげーことなんだよね。アメリカの福音カルトみたいな感じの知性ゼロの狂信なのではなくて知性マックスであるが故の知解という次元なんだよね。あと何より下手な哲学とかより思想的強度が半端ねぇーっていう中世の思想ヤバいなっていうか神の戦士養成学校みたいな一種のアカデミーだよなっていうそれを別に修道院とかに属してなくても在家でやれるっていうところがなかなかのコペ転なんだよね。

 

何より知行合一がデフォだから極度に観念的になり過ぎずにすぐにそういった知解を求める信仰というのが振る舞いとか考え方とかっていう自分の生活の領域で変化が出てくるっていうあたりがやっぱり思想そのものの強さを感じるよね。ただそこでのストイシズムってまぁなんか本当にある種の軍隊的なディシプリンと似ていて生半可な精神じゃとてもやっていけないっていうようなハードコアなものなんだよね。

 

でもまぁハードコア好きとしてはたまらん世界観だよね。それこそ修道士なんてすんげー粗食でめっちゃ頭使って色々やったりミサっつーかまぁ典礼みたいなことをやったりとかしてたわけで堕落していない中世の修道士の精神性っていうのに凄く惹かれてるよね。まぁそんな感じで「そこそこやればいい」っていうような中庸さにファック!っつってまぁ脳を拷問するかの如くの読書を自分に課すっていうのはマゾにはたまらないし脳を限界まで追い込むとかっていう限界まで情報を詰め込んでなおかつ思考するっていうような生活ってのが結構楽しいんだよね。モチベが続けばの話なんだけどキリスト教関係が良いのは読めば読むほどどんどんまた次に進みたくなるっつーところなんだよね。

 

あ、んで話長くなったけど続き貼るわ。なんか最初の話のほうが本編より長い気がするんだけどまぁいいや。

 

ってことで続きね。

 

昔だったらそこそこのオーディオを揃えてCDを買って・・・っていうコストが半端じゃなかったからCDを吟味するとかオーディオシステムを色々と雑誌とか本を読んで学んで構築するみたいなのが言わば遣り甲斐というか聞くためまでのプロセスのコストと労力があったからなんか趣味っぽく成立するような感じがあったと思うんだけど今ってミドルクラスぐらいのヘッドフォンだと音いいよね。

 

もう別にこれ以上求めてもしょうがないっつーぐらいの音で聴けるじゃん?音を鳴らすっていうオーディオシステムになると話は別だけどミレニアル世代的には恐らくヘッドフォンで十分という人が多いと思うんだよね。で、当然音楽ソフトにしてみればサブスクリプションベースでしかもそんなに金稼ぎ頑張らなくても余裕で払える額なわけよね。ちなみに今俺が使ってるサブスクリプションはアマゾンとアップルと最近だけどそこでしか聴けなかったからSpotifyの無料のやつに入ってるぐらいなんだけどまぁ大体聴けますわな。

 

で、フルクサスとかソフト化して流通しないようなものとか音源250限定とかのやつだとグレーゾーンだけどyoutubeとかに上がってたりするよね。これもまぁそもそもエクスキューズとして出回らなさ過ぎてるから持ってる人がレコードなりテープからデジタル化して共有するって話なわけで理にかなった話ですよね。んでまぁリイシューされたら削除されたりするんだけどまぁ基本的に相当マニアックなもんじゃない限り聴けないということはないよね。

 

だからまぁ聴くということのコストが限界のゼロ円ぐらいまでにゼロに収束しているという感じだよねって久々に数学っぽいこと言った気がするけど(笑)コスパという言葉は嫌いでこれは基本的に経済を中心に考える価値観だからクソだっていつも書いてるけどっていうか一時期は俺もコスパコスパって言ってた気がするけど今も便利な言葉だと思うけど蔓延し過ぎててこれはポジティヴな拝金主義じゃなくてネガティヴというかパッシヴな拝金主義だなって思っててなるべくそういう考えをしないようにしてるんだけどただまぁ無駄なもんに金かけたくないというのはあるよね。

 

金に対する危機感が俺みたいに有り金全部使って貯金ゼロみたいな人間でもそれなりにあるんだよね。だから金を使うことに関しての合理化を進めると必然的にコスパが良くなるしそこまでこだわろうとしなければそんなに金がかからないっていうそれこそ20年前の俺が今の世の中を知ったら愕然とすると思うんだよね。

 

それこそ10代の頃なんて聞きたい音楽が無制限に聴けてCDとかレコード買いたい放題で音楽の機材も全部買えて個人スタジオみたいなのが作れて・・・ってそれが今では余裕に可能になってるっていうね。でもだからso what?な感じがあるよね。やった夢が叶ってるんだ!というより時代の流れでそれがデフォになっているっていうまぁもちろんその恩恵を受けているわけだからそりゃありがたいんだけどありがたみを感じなくなってるよね。それがデフォになってるからね。

 

あとまぁクラシックなんだけどなるべくフィジカルで買うとかっつーのもいいんだけど色々と買っててやっぱりかさばるよなーって思うんだけどなんなんだろうね、デフォがもうナクソス価格というかさ、投げ売り状態だよね。めっちゃ安いしmp3のほうが高かったりするからフィジカル買った方がいいっていうね。ただ安いもんだから一気に大人買いできちゃってあっという間に揃ってしまうよね。昔のましてや自由に使える金が少なかったころにしたら何年もかけてそろえるようなものが一瞬で集まってしまうっていうそれはフィジカルが手に入らなくてストリーミングで聴けるというのも含めてなんだけどね。

 

電気グルーヴに至っては10枚以上持ってるぜ!なんてのが凄かったからな昔は(笑)同じアーティストの作品を年代順に持ってるとかなかなかだね!っていうでも今では当たり前というとアレだけど細かいリミックス版とかアレンジ版みたいなのを除けばそんなにムスリムガーゼみたいにバンバン出せるようなものでもないからすぐ集まるよね。

 

あとまぁアーティストが年代的に行き詰ってちょっと違うアプローチをしたんだけど失敗してるみたいなやつはフィジカル買わなくていいわけだしストリーミングで十分っていうまぁそれこそジャケ買いで失敗した!とかそういう無駄なコストが無いって言うかさ、埋没コストが無いからすごく合理的だよね。

 

使えるお金が少なくてもインフラのおかげで効率よく使えるから無駄が無いというおかげで制覇しやすいというか昔だったらコストがネックだったところが今はそうでもないっていうのが多いんだよね。ゲームにしてもズンパス込みで一万ぐらいでも色々とアップデートされていくっていう前提で長く遊べるようになってるし一万ぐらいする場合、大体まぁそこそこのもんだよね。それに比べてスーファミ時代なんて自分が子供で滅多にゲームなんて買ってもらえないって中でどういう内容か分からないんだけど欲しい!って思って7000円とか8000円して中身がクソゲーだったとかそんなのがZARAにあったわけだよね。

 

まぁそういうところからすると今は最高の時代なはずなのになんかつまんないんだよね(笑)いや、でも例えばクラシックを趣味にします!っていうところでさっき書いたようなオーディオシステムの構築からCDの下調べからCDショップのハシゴやらなにやらそういうのが無くなったからつまらなくなったということではないよね多分。手がかからないというのはいいことでしょう。でもなんでこんなにつまんないんだろうか・・・と思うよね。

 

ってことで続きますんでんじゃまた。

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