ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/修道士による日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

インク瓶さんへの返信。

インク瓶


新しい記事がアップされるたびに読ませていただいています。僕も昨日の夜中にニュースを見つけて久しぶりに眠れなくなってしまい朝まで起きてました。壊れた映写機みたいに事件の断片的な想像されたイメージが次から次へ浮かんでくる感覚でした。 そしてちょうど先ほど目を覚ましてブログを読みました。

 

同じように思い悩む人がちゃんといることに、喜びとは言わないにしても、希望?というか慰めを見出したので、コメントさせてもらいました。 事件について、というかこの種の暴力については結局のところ雁字搦めで一言も発せないという感じです。

 

行き場のない言葉が頭の中で回り続ける感じでした。発しようにも発する先がないというか、本質的なところ何が悪いんだ?という問いに答えが出ないというか。これから先の人生の中でも、沈黙したまま悩み続けるんだろうなと思います。いつかはっとアイデアのようなものが見いだせればとは思いますが、絶望的だろうなと今の僕は思います。

 

長々とすみません。ただ何というか、インターネットという匿名性の向こう側ですが、ちゃんと耳蝉さんのブログの先にはおなじように考え悩む者がいる(耳蝉さんほどの密度とは言えないかもしれないけれど)ということを伝えたくてコメントしました。 それでは、失礼します。

 

 

書き込みありがとうございます。僕も書き込みをいただいて凄く嬉しいです。


ちょうどウォール伝で悪の話とか神である父は何を考えているのか分からないとかって色々と書いている最中にこの出来事があって、元々深く悩む実存的な問題だったのですが、こうやって非情で暴力的過ぎる形でこういった理不尽さを目の当たりにして絶望を経験するとこういうことが常に起こり得るという潜在性に恐怖を感じると共に失われた命や文化的財産のことを考えるとなんというか一度に失うものが多すぎて今でも頭の処理が追い付いていないというか把握しきれていなかったり混乱し続けている自分がいます。

 

人の命は平等といいますがあえて言うと、京アニという日本の文化を担う世界的に評価を受けているアニメのプロダクションの国内でもトップクラスの精鋭たちが本当に生きるに値しない生まれてきたこと自体が間違いだったみたいなクズに命を奪われたということの理不尽さに心のやりどころがないというか怒りと悲しみと今まで見てきた京アニの作品などを思い出しても心が引き裂かれるような思いで、なんで彼らが死ななければいけなかったんだろう?というそこに必然性なんて無いのがこの世の中なのですが、理不尽さというものを人間は恐らく処理できないわけで、恐らく生き延びるために出来ることと言えば感覚を鈍化させてやり過ごす能力を身につけるとか精神的にタフになるっていうことだと思うんですけど、今回の事件はどう考えてもこれは世界のアニメファンが悲痛な叫びをあげているというような類の話ではないですよね。

 

アニメファンだったり京アニが好きだったりというファン的なバイアスを取り去って客観的に考えても世界に作品が配信されるようなトップクオリティのアニメを作るプロダクションが放火を受けてしかもデータや原画などが失われて制作予定だったものも中止になったり公開予定だったものも中止になったり、特に日本のトップクラスのアニメプロダクションという代替の効かない国宝級の財産やデータや人材が失われたということは前代未聞です。

 

今回の事件による日本人にとってのメンタルのダメージというのは例えば日本的なものを象徴するような伊勢神宮であるとか日光東照宮が天災であるならともかく、クズの放火によって失われたというようなことがあってはもはや本当に他人事ではないですよね。そういった国宝レベルの文化財がクズによる放火によって失われたというだけでなく、ここは事実関係などの今後の検証が必要になってくることではありますが、たまたま一階のセキュリティが解除されている時だったとか普段は解放されている屋上への扉にロックがかかっていたとかこれでもかというぐらい不幸なことが重なっているんですよね。なんでそんな偶然なことが度重なってここまでの惨事になるのか?ということですよね。

 

ここまでメンタルのダメージが大きくなるというのもなんでそこまで不幸が重ならなければならなかったのか?という理不尽さの上にさらにある理不尽さなんですよね。僕のようにメンタルが不調になって調子が悪くなる人たちもけた外れに多いと思いますし、特に令和に入ってから嫌なこと続きが多いので、年号が変わったすぐにここまでの色々な事件が度重なるというのも、言わば人間が感じる意味論的に本当にヘヴィなものがあると思うんです。それは年号が変わったというシンボリックな節目があって、その後のこういった惨事続きですから、いくら年号なんてものは古い習慣のようなものだと言ったところでそういった節目の一年目というものが与える意味論って強いと思うんですよね。

 

なんというか普通なら良い最初の年にしたいって思いますよね。でも良いどころか前代未聞の事件が起きていて国民全体の士気が下がるようなことが多くて不安だらけというか、それは今後の社会がどうなっていくのか?ということだけではない起こる事象から感じてしまう恐怖と不安ですよね。そして今回のことはとりわけ人間と国の文化の尊厳に関わるようなことを冒涜され無残に破壊されたということで日本人に対する精神的強姦のようなものだと思うんですよね。結果的に色々と残した傷が大きすぎてテロになっていますよね。

 

あとインク瓶さんがおっしゃるように何が悪いんだ?っていうところですよね。これが悪いんだ!って指を指すことができるほどの明確なものが無くて、もちろん犯人が悪いんですけどそこになんでさらに不運なことが重ならなければいけなかったのか?という不条理さですよね。

 

そこで僕らに必要なのは311の後と同じく自制とか自粛をすることではなく平常運転をすることなんですが、あまりに辛すぎることですよね。それは分かっていてもそれが出来ない。今後どうしていけばいいのか?というトラウマを植え付けられたわけでこの傷というのは311の時と同じく一生残るものですよね。でもだからこそどうしていけばいいのか?というか、そこは絶望してばかりいてはいけないということだと思うんですよね。希望は無くても希望を見出さないと人間は生きていけないと思うので。

 

今回の事件もそうですが、僕にとっては人間の悪による諸問題というのはこれは本当にもう鎖のようなものですね。なんで?ということを問うてもどうしようもないことなんだけど、でも問わずにはいられないという。それを考えないようにするとかいうのも無理なんですよね。それは色々な惨事や救いようのない人間のダメな部分が露呈するような悲惨な事件とかを見るたびに思うんですけど比較してはいけないんですが今回のことはとりわけ重すぎました。

 

あとこの先に分かってくる事件のディティールと被害者たちの身元の情報ですよね。今がショックのピークなのではなく今後もそれが続くと思うとメンタルが耐えられる気がしないです。とにかく今は色々と無理ですね。こういう時は頑張ろうとしたりしないほうがいいんだと思います。ただ僕は闇とか絶望の方にベクトルが振れてしまうと色々とやばくなったりすることが多いのでメンタル管理には本当に気をつけようと思っています。

 

なんか色々と書く必要が無いことまで長々と書いてしまったかもしれません。でも本当に今のタイミングでインク瓶さんから書き込みをいただけたことは本当に心の助けになっています。本当に感謝しかないです!書き込みありがとうございました。

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