ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/修道士による日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

嗚呼貼りま灘。

まぁ今日は貼りますよ。昨日貼らなかったわけで。んでまぁグーグル大司教なんだけどグーグルアナリティクスもそうなんだけど基本的にホームページの時代の人だからハイテクな検索エンジンの仕組みがどうのとかって考えるだけで面倒だなとかって思ってたんだけどなんかサイトマップっつーのをグーグルに送るんだかとりあえずページが引っかかるようにしてもらわなきゃいけないらしくてまぁんでその辺もやったんだけど「???」なことばかりでんでなおかつ確定的ではないんだけどはてな特有の不具合と探りようがない「なぜ?」っていうところのグーグルの仕組みだかなんだかがあるらしくてそれについて調べてるともう一瞬で時間が過ぎていくよね(笑)

 

んでまぁKindleで本まで買っちゃったからね。知ろうと思うと調べないと気が済まなくなる性分ってのがあるのとまぁ仕組みなり何なの?っていうのを知ってるってのは別に悪いことじゃないからいいかなと。ただまぁ調べると今年の4月とかまぁ集中してるわけじゃないんだけど質問の掲示板とかで急激にアクセスが減ったんで調べたらサイトマップ云々で・・・みたいなのを結構見かけて別に俺だけじゃないんだなと変に安心したってのはあるよね。

 

ただブログの収益がどうのっていうかなりブログが生活の重要な位置を占めている人にとっては凄まじい収益減なことらしくてこりゃすげー厄介な感じなんだなーとかって思ったんですよね。なんかもうあれだね、記事だけアップしてればいいっつー話じゃないんだね。なんかでもこの構造がすげー嫌だわ。いかにグーグルに対してオプティマイズしていくか?っていう情報=グーグル的なところがね、まぁでも逆にグーグルあるからウォール伝みたいな主題が特にない時代遅れな日記サイトでもコンスタントにアクセスがあるわけなんだけどなんかでもすんげー色々と勉強してアクセス数上げるぞ!っていうことでもないからね。

 

そんなにアクセス数を上げたとして何をアピりたいの?セレブになりたいの?ってな話なわけで(笑)かといってもどうでも良くは無いんだよね。異常に減り過ぎてるとペナルティとかになってるんだろうなとかって思うわけだしまぁなんつーのかな平常運転を平常なまま行うということなんだけどそれが出来なくなるのはさすがに困るって話なんだよね。

 

まぁそんなわけで毎日フィジカルが届いてるから取り込んで聴きながらグーグルについて調べるってのをここ数日やってるわけなんだけども(笑)こないだも書いたけどより良いシステムで聴きたくなるよねってところがあるわけでまぁそのきっかけがソニーの携帯プレイヤーだったんだけどCDっつーある種時代遅れなものを買ってるっていうアドバンテージをなかなかのCDプレイヤーとヘッドフォンでより楽しむってのは悪くない投資だと思うんだよね。

 

あとなんか最近クラシックとかクラシカルしか聴いてないから慣れてくるとどんどん好きになっていくよね。あーもう飽きたからハウス聴こう!とかってならないっていうか現代系が続いたから古典っつーかガチクラシック聴こうかなっつってなんだろうまぁクレンペラーのをなぜか5年前ぐらいにまとめて買ったのとあとまぁストラベンスキー本人が指揮してるみたいなやつのボックスとかもその時に買って全然聴いてないっつーかクラシック好きになろうと思ってっていうかまぁ俺のことだから当時も色々とオワコンでやることねーなっつーんでクラシック聴いてみるか!っつって挫折した感じなんだけど(笑)時間差で聴くことになるなんてね。

 

ただまぁ頑張る必要はないから一応バロック音楽みたいなのもあるけど全然良さが分からないから飛ばしたりとかまぁ基本的に一通り聴いていくって感じなんだけどまぁそれでなんも新しいことをやってるわけではない調性音楽でもやっぱり現代に近くなると聴きやすくなるよね。まぁなんつーか音楽的な魅力があるっつーのかな。

 

ベートーヴェンとかモーツァルトってのはアイコン的なわけでんでもまぁ現代の作曲家ってのはそういうアイコンが無いなかでまぁどういうことを音楽でやっていたり表現しているのか?っていうところのあたりのスリリングなところが良かったりするよね。あとまぁすんげーベタな宗教音楽でも部分的に特殊奏法が入ってたりするだけでも一気に魅力が増すよね。

 

ただまぁ宗教音楽っつってまぁなんかFFとかファンタジー系のラスボスのBGMみたいな壮大なやつあるじゃん?あれってまぁクリシェなんだよね。最初にやったのがモーツァルトなのかバッハなのか分からんけどゴージャズに大げさに表現するってまぁ前にも書いたモンドと通じるところがあってまぁそれでキリストの受難なり宗教的題材をテーマにしたっつっても大げさである必要はないからね。すんげーミニマルにそれこそほぼ無音の中でたまに音がするみたいな感じのモチーフでキリストの死を表現するなんてことも可能なわけでまぁでもそれがようは現代的だったり現代音楽だったりするんだよね。

 

まぁそういう意味でやっぱりペルトに代表されるような大げさすぎない静寂な感じの宗教モチーフの曲ってのが世俗でも受けているっていうあとまぁそんなに良いと思わなかったけどグレツキナクソスの3枚組のやつが安かったから買ったんだけどすんげー凡庸だけど確かに世俗受けはしそうだなっていう感じはあるよね。ただそれよりもグバイドゥーリナグレツキのオルガン曲のCDがあるんだけどなんかまぁカップリングっつーのかね?これ。

 

昔のWergoとかでも巨匠の作品と若手数人みたいなオムニバス形式みたいなのがあったりするんだけどクラシック関係マジで分からないからまぁいいんだけどさ、あ、まぁそのそれに入ってたオルガン曲とかは面白かったりしたからグレツキも一応聞いてみようかなという気にはなったよね。

 

ただまぁんでクラシックで調べると海外のサイトとかで過大評価及び過小評価されてるのは誰?みたいなロックとかでもあるよね。OverratedとUnderratedのバンドとか人物っつってロックだとよく挙がるのがまぁようは知名度とかどんぐらい売れたか?っていう売れすぎっていう意味で過大評価っていう意味でジミヘンとかカートコバーンとかよく出てくるよね。んでまぁクラシックとかでもクラシック好きがあーだこーだ言ってるのがあってグレツキは過大評価されてるってのが特によく言われてるらしいんだけどまぁ確かに映画音楽みたいなシンプルな和声っつーかさ、まぁ複雑だったら良いのか?という話でもあるんだけどこの辺のバランスとかも面白いんだよね。

 

ただの焼き増しとかコピーみたいなのもあれば前衛に走り過ぎて意味不明になり過ぎてるとか部分的に前衛なんだけど急に調性になったりベタになるみたいなまぁ転向後のペンデレツキとかバランスが難しいんだろうなーって思うよね。あといつも思うのがなんで今みたいに色んな楽器とかテクノロジーがあるのに古典的な編成とか楽器を死守するのかな?っつーところだよね。

 

バイオリンとソプラノの為のって言われてもなんでバイオリンとソプラノで曲を作ろうと思ったのか?っていうクラシックっつーかクラシカルの世界の曲作りの動機って何なんだろうな?って思うよね。んであとまぁあれなんだよね、クラシックの作曲家っつーとようはクラシックで使われる楽器のことを熟知してないといけないわけでそういうのもみっちり大学でやったりするのかな?っていうなんか宿題とかでハープとソプラノの曲を作ってこいみたいなそんなのがあるんだろうなとか思ったりね。

 

ただまぁこんだけやり尽くされててなおかつ調性音楽でハープとソプラノって言われてもそりゃ平凡なのしか出来上がらないだろうってのが目に見えてるよね。かといってもじゃあ電子音楽だ!とかアルゴリズムだ!っていうことでもなくて複雑なアルゴリズムで作られたMaxとかのパッチで構成された音楽とかって言われても高度なのは認めるけどそれが面白いのか?とか音楽的に良いのか?っていうと全然話は別だからね。

 

その辺って本当に難しいんだろうなーって思うよね。ギターやってても絶望的になるもんね。ブルースの練習をしてるっつっても練習してもブルースからは出られないっていうか形式ってそうだからね。もう70年前とかまぁ戦前とかにブルースとかってあったわけでさ、んでまぁそれをリファレンスにしてスポイルしたツェッペリンみたいなロックとかも含めてやり尽くされてるから何も出てこないよね。

 

んでまぁなんかロックと音響っつーか電子音楽とかエレクトロニカみたいなのもやり尽くされてるしシューゲイザーとかも一回やっちゃうともうネタ出てこないもんねあれ(笑)んじゃあギターをダウンチューニングしてDoomだ!なんつってもSunnとかのピークって初期なわけでStephen O'Malleyがアート志向になってパリとかに住みだしてミニマルドローンなんつってやってるのもまぁごみみたいなもんだからね(笑)

 

よくあんな同じことを繰り返してて飽きないなっていうそこは感心するのとあとまぁ前からディスってるけどそれは特になぜかアングラ系が多いんだけど中身はノイズとかインダストリアルとかドゥームとかの焼き増しなんだけど凝ったアートワークにして限定のヴァイナルで出すっていう音よりマテリアル的な付加価値をつけて出すってすんげー邪道だと思うんだよね。ポスターとかステッカーとかついてきたりまぁ音楽が金にならないからもうそういう周りの梱包とかグッズで金稼ぐしかない!ってのは分かるんだけどなんかそれを作品と混ぜるのはどうかと思うんだよね。

 

CDは売れないし金にならないからマネタイズは主にライブと物販でっていうのはすんげー分かるんだよね。ただゴミみたいなライブ録音の素材をすんげー凝った作りにして限定で出してそういうの好きな人っつーかコレクター欲をそそらせるみたいなのってベクトルが真逆だと思うんだよね。もうモノはいらない!っつー時代でんでもじゃあなんであえてフィジカルなのか?ってその辺は色々と議論の余地はあると思うんだけど過剰包装でさ、それこそブランド品とかそうじゃん?たかだか財布なのにすんげー豪華な箱で梱包されてるとかさ、まぁただ洋服とかってまぁそういうもんだよねってところはあるんだけど音楽でそれはどうなの?って気がするんだよね。

 

まぁただ金あればやってみたいけどね(笑)それで金を稼ぐんじゃなくて自己満足のために作るっていうまぁ別に自分が作ってる音も自己満足だから同じなんだけどすんげー凝ったアートワークとカラーヴァイナルみたいなさ、まぁ道楽よね。そういうのは一回は作ってみたいなとは思うけどね。

 

でもなんかこれってすげーデュシャン的というかなんでもないものでもこれがアートなんです!っていって豪華な額縁に入ってたりハイブローな美術館に展示されてるとその状況っつーコンテキストがあたかも価値を生み出してるように錯覚するっていうまぁデュシャンはそのあたりのことを踏まえてやってたと思うんだけどそこをアイロニーじゃなくて地でやるのはどうなのよ?ってところだよね。

 

現代アートとかの意味不明な感じとかは良いと思うんだけど適当にギターを弾いただけのレコードをまぁゴテゴテに装飾してコレクターズアイテムみたいな感じで出すとか本当にクソの極みだと思うんだよね。ただまぁあれはいいのよ、すんげーレアなレコードとかめちゃめちゃ珍品のモンドみたいなのが当時はクズみたいな値段だったんだけど今は価値を見出されて1000ドルぐらいするとかそういう希少価値とか時代が変わったことによって評価されたっていうようなまぁ今じゃ考えられないような腹話術のレコードとかさ(笑)

 

モンドっていっぱいそういうのあるじゃん?そういうのはいいよね。価値の源泉が人間だもんね。それを聴いてうわーこれぶっとんでますな!っつって評価するわけで人間発信だもんね。でも最初からコレクターズアイテム的に売り出すのって作り手が「すげー価値あるぜ!」っつって出してるっていうさ、んで中身は永遠とダウンチューニングされたギターのドローンだけが入ってるとかまぁVagina Dentata Organみたいな録音芸術みたいなのを逆手に取ったのはありだと思うんだよね。これって結局中身何なの?っていうのが聴くまで分からないっていうようなね。

 

あ、なんか続き貼るっつって今日も割と長くなったから今日もこんな感じでいいかな。腹減ったんで飯食うぜよ。

 

ってことでんじゃまた。

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