ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/修道士による日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

聴き倒れ方丈記。その4。

では続きねっつーか何年かぶりに風邪引いてもうた。ダイエットを意識して小食にしてるのがアダになったかしら。その割に大して痩せてないんだけどね。

 

なんかまぁレコードを毎日聴く生活になってるんだけどレコードの匂いがするだけで集中力が増すというかやる気が出てくるのを感じるよね。基本的にこれも刷り込みだと思うんだよな。レコード屋に行くとレコードの匂いでウキウキするっつーのもまぁ音楽が楽しみだからでしょう。こういうところがデジタルには無いところなんだけどアナログ掘ってて本当に良かったなって思うよね。

 

あとまぁだいぶ一時期売ったにせよその後また買ったっつーやつとかも含めて結構あるってのがまぁそんなに何回も聴いてないから聴くものリストに入ってると毎日少し楽しくなるよね。デジタルだと味気ないけどレコードだと全然違うよね。んでまぁなんとなくレコードを聴きだすと昔のルーティンというか行動原理で本を読もうってことになるんで結果的に読書がはかどるというね。

 

聴きたいレコードがある分だけ読書してられるっつーのがすげーアドバンテージなのと本の匂いとレコードの匂いのダブル効果はもうこれ以上無いだろうっていうぐらいの文化の香りなわけで脳が刺激されますわな。それにしてもまぁ去年の12月からすんげー本また読むようになってからまたさらに読むのが速くなったっつーかあとまぁキリスト教関係にしても基礎知識がだいぶついてきたから読むのが速くなってきたってのはあるよね。あとまぁ一時期遠ざかってた洋書も洋書しかなかったり洋書じゃないと高すぎたりするやつは強制的に読むようになるから英語読むのもまたさらに速くなるよね。

 

まぁ良いことだらけですね。思うにまぁ何らかのトリガーするものだよね。アンカリング的な?それが俺の場合、レコードなんだろうね。ItunesとかYoutubeとかでMix探して聴くのとやっぱ全然違うんだよな。あとまぁゲインとかいじるとガリが凄まじいDJ2000なんだけどPS4の音とかってディスプレイのヘッドフォン出力からPCのラインに入れて全部基本音はPCで聴けるようにしてるんだけどオフってるときにヒスノイズが入ったりPS4自体の音をオフってなんか聴きながらゲームやりたい時とか若干オフるのが面倒なのがミキサーに全部繋いじゃうと全部それで管理できるから便利だなって思ったりね、あとなによりレコード聴いてるときに良いのが手許にEQがすぐあるってことだから例えばイージーリスニングとかでやたらストリングスとかの音がデカい場合、Highを若干押さえてローが弱かったらロー上げるとかね、まぁDJやるときのEQテクと同じだけどそれやれるっつーのがいいよね。

 

レコードとなるとデジタル音源と違ってすんげー癖があるから自分の好みにあった音質にして聴けるってのがすげーいいなっていうのがあるよね。まぁ昔はこれがデフォで聴いてたんだけどね、ただ数年前に図書館通いついでにレコファンで買ってたレコードとかhandy traxで聴いてたからまともな音じゃなかったわけでそういうのとかを家から持ってきてまた聴いてみるってのも一興だなとかって思ったりして楽しみが増えますよね。

 

んでまぁ当たり前なんだけどほぼ丸一日レコード聴いててんでCD音源とかPCに入ってる音源聴くと音の角が凄いっていうかまぁアナログの音が丸いと言われる所以だけどすんげーガッチリしてんな!っていうギャップを感じたりするよね。これも知ってはいたんだけど改めてまぁすげー差があるなと。別にどっちがいいとかって話じゃないんだけどね。

 

まぁでも今回は50枚ぐらいは買ったけど大方聴きつくしたかな。外れは意外と少なかったけどまぁでもなんか中身分かってるの買ってもしょうがないなとかって改めて思ったね。ワールドのコーナーとか掘ってるとガムランのレコードとか出てくるけどまぁガムランの音楽って知ってるわけでさ、別に特に買う必要ないよね。相当珍しいとかだったら別だけどね。量買いたいから安かったらとりあえず買うってやってるとまた量だけ増えちゃうから質だなって感じがしてるよね。まぁなんかギャンブル性が高いものとかさ、何なんだろう?っていうのを買った方がいいっていうか知ってるやつなんて媒体はともかく大体聴きつくしてるんだから意味分からなさそうなやつとかあとはアナログで持っておきたい!ってやつを買った方が幸せになれるね。

 

あとあれだわ、雑談長くなるけど独自ドメインにしてからすんげーアクセス数減ったって前に書いたけど一向に戻る気配がないんだよね(笑)だからもういよいよSEO対策か?とかさ、ただまぁ全然やってこなかったから分からないしまぁ勉強するのは好きだからいいんだけどただムカつくのがGoogleに好かれる方法で書くっていう書き方まで規定されるところだよね。単純なシステム的にどうって話じゃなくて書き方とか検索上位に来るやり方とかってまぁなんか媚び売ってるようなもんだよね。

 

こりゃ相当ファックだなって思うわけでそういうのは絶対やりたくないっていうかやろうとしてもやれるわけがないから安全なんだけど(笑)まぁあれだよね、あとまぁ更新頻度よね。あとなんか読み込み時にスピードが遅いとどうのとかってのもあるらしいんだけどそれ言い出したらウォール伝みたいな長文ブログダメじゃん!って感じなんだけどまぁ逆に更新頻度高く見せるために長く書いたやつを小出しにするってのはアリだなって思ったんだよねって手の内書きまくってるけど(笑)あと日本ブログ村ってのに登録すると良いらしいってのを見たんでっていうか実際そうなのか分からんけどアクセス数の梃入れしないとっていうかどうでもいいんだけどさすがに落ちすぎるとヘコむからね。今さらドメインにしなきゃ良かった・・・っつっても遅いしまぁまたあれですわ、初心に帰って色々と書いて更新し続けるしかない感じですね。まぁ逆に良かったんじゃないですか?mimisemi.comになって。いっそのこと形だけの会社立ち上げようかな。

 

ようは現役感を出せばいいってことだよね。まぁそりゃ俺は現役ですよ。書くことないとかいいながら結局書くことあるからね(笑)あと特にあれだわ、今みたいにある程度ゲームやり尽くしたりしてゲームやってた時間とかがぽっかり空く感じになると書くのが良いエンタメになるんだよね。あとまぁ今回みたいな文化だ!みたいな話も散々書いてきたけど今のバージョンでまた書くってのも全然あるからね。特に重要なことは何回書いてもいいんじゃね?ってぐらいよね。

 

っつーか風邪の症状がまたしんどくなってきたからそろそろ続き貼って終わりにするけど結構続くからまぁよろしくな。

 

ってことで続きね。

 

だからなんつーか潜在的にデジタルのツルンとしたような音とか当り障りのない特徴のないロックじゃなくてザラついたローファイながらもパワーがあるようなロックとかね、そういうのと出会って一気に人生変わった!みたいなきっかけがないものかと思うんだよねって俺が思ってもどうにもならないんだけどね(笑)

 

まぁ両方知ってるけど今のロックの方が好きっつーんだったらそれでいいと思うんだけどなんかね、例えば俺なんかだと当たり前にあるものがまだ知らない人にとっては当たり前にないわけで「こんなのがあったのか!」っていうのがね、それを知らないでいるっていうのは不幸というのは押し付けがましいけどでもそれが本当に好きなものになりうるものだったらやっぱり触れたほうがいいんだよね。んでガンガン感染して突き進んだほうがいいんだよね。

 

文化ってそういうものでしょ。かぶれるとはまた違うんだよな。感染するっていうことなんだよね。強烈なミメーシスを持つものに感染するっていうことだよね。言わばそれが型ですよ。文化の型ね。アリストテレスはそれを芸術の型だと呼んだけどこれは芸術に限らず文化全般そうだと思うんだよね。でもそのミメーシスっていうバズワードが持つニュアンスによってそれがハイブローなものに限られるっていう言葉から来るイメージがあるけどもネガティヴなミメーシスも多くてっていうかそれだらけでしょ。

 

言わばそのネガティヴなミメーシスが低俗な文化とその横行を許すんだよね。いや、何も俺はハイエンドのオーディオでジャズとかクラシックを聴け!って言ってるんじゃなくてまぁ俺好みで恐縮だけどEDMよりかはハウスとかテクノとかヒップホップでもオールドスクールから90年代とかさ、んで90年代の定番の聴き方としてはそのヒップホップの元ネタを探るためにファンクとかレアグルーヴに行くじゃん?もうそこに行ってるとすでにCrate Diggerになってんのよね。もうあとは放っておけば感性が勝手に良いレコードを拾うってことになる。

 

まぁ話は別にレコードに限定した話じゃなくてYoutubeとかでもdeep internetみたいな言い方あるでしょ?deep webってあんま詳しくないけどインデックス化されてない闇サイトとかも含めたウェブの総称だと思うんだけどそういう意味じゃなくて例えばマイナーなノイズバンドの貴重な映像とかそれこそ再生数が何百ぐらいしかないんだけど超ドープ!みたいなのってdeep internetでしょ。そういう意味でウェブでもディグるという感覚はあるんだよねというか通用するんだよね。

 

ただ結局それはキーワードが必要でそのキーワードの組み合わせが無いとたどり着けないっていうなんかちょっとオカルトチックな開けゴマ的な呪文的な感じっつーの?ググレカスっていう言葉が流行ったことあったけど「それって何なの?」という話題にすら上がらないものは仮にウェブに存在したところでググりようがないからね。そのググるまでのアクションへの契機が必要で運が良い人の場合、さっきも散々書いたけど父が音楽好きでそういうレコードなりCDを大量に持ってたとか映画とかのDVDとかでもいいんだけどさ、あとまぁ知り合いの兄ちゃんとかまぁこればかりは運ですよね。

 

でもその運ゲーを変えたい!っつーところが我ら文化の最前衛たる高等遊民の使命だと思うんですよね。左うちわで自己完結して文化的な生活をして満足しているっていうんじゃダメでその先に他人にミメーシスを与えられるぐらいの存在にならなきゃダメだよね。それは言うならば何が好きなのか?とか何を聴いているのか?とかではなくてあなたが何を聴いているのか?とか見ているのか?っていう人が主体になるんだよね。そこに圧倒的な人間的魅力と探求心の深さってのがあってさ、そこに憧れを持つんだよね。あんな風になりたいと。

 

だから最初はその憧れの人がどんな生活をしているのか?とかどういうものを聴いたり見ているのか?っていうのを参照しながら自分のテイストってのをだんだん身につけて行って言わばそれがミメーシスされたものがミメーシスするものに変わるんだよね。そういう伝達の連鎖が文化を生み出していくわけだよね。

 

もちろんそこには余暇とある程度の金銭的余裕が無いと無理なんだけど聖書にもあるけど違う意味なんだけど困窮ってのは聖性すらも穢すって言うのは勝手に現代風に解釈しちゃえば困窮すると人間は野獣にならざるを得なくなるから仮に人間に被造物であることの聖性や物性が備わっていても困窮すれば野獣にならざるを得ないっていうことでPiperだったと思うけどルクレティウスだったか忘れたけどとにかくまぁ余暇ってのは哲学に限らず文化全般に必要なんだよね。生活だけで手いっぱいだったらそういう余分なものにリソースなり労力を注げないからね。

 

でもそれは余計なものなのか?っていうと余計じゃないんだよね。むしろメインなんだよ。でも何もかもが経済を中心としてしまうと文化ってのは隅に追いやられちゃうんだよね。つまりはその文化も経済という尺度を中心に扱われるようになるから文化面をしたただのコモディティみたいなのが商品化されて消費されるっていうことになるっていうまさにこれが文化のコモディティ化で軽チャーの最たるものだよね。

 

90年代の小室サウンドみたいなのも例えばジャングルの上辺だけを掬い取ってそれに歌謡曲マッシュアップするっていうアングラクラブ音楽とポップスのマッシュアップだったわけでそれはジャングルっつーアンダーグラウンドカルチャーのコモディティ化で軽チャーの最たるものではあるんだけど今の音楽と比べればまだちゃんとした音楽の体を保っているから全然マシだったよねっていう話ですよね。

 

ってことで続きますんでんじゃまた。

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